第一章
 
四、軽重浮沈と虚実

 虚実を分けるというのは、一見するとそれほど複雑なことではなさそうである。しかし実際には非常に細かく多種多様な学習の過程が存在する。よって、更に虚実を学習しやすくするためには、やはりもうすこし踏み込んで軽・重・浮・沈という4つの現象と虚実の関係を理解しなければならない。拳論には“もし軽重浮沈の方法に関して研究をしなければ、骨折り損のくたびれもうけとなってしまう”とその重要性が記されている。

 細かくこの種の虚実を把握するために、各拳式において細心の注意を払って観察を行い、欠点を洗い出して一つ一つ修正していかなければならない。このときに6つのキーポイントを必ず把握し、それらがわかると基本的にきちんとした動きが可能となり、間違った動きを回避することができる。

 (1)“偏”ではなく“半”――いわゆる“半”とは、人の重心の偏りが、2本の足の中心の1/3の範囲に納まっている状態のことである。これは一種の円圏の中での偏りであり、正確な虚実のエリアの範囲内である。“偏”とは、重心の位置が前述の範囲を超えて円圏を出てしまうことであるが、これは虚実の分け方が行きすぎている為である。つまり“半”とはきちんと落ち着いた 正常な状態であり、“偏”は落としどころがなく間違った“病”の状態である。よって虚実を分ける際には“半”を求め、“偏”を排除しなければならない。

 (2)“重”ではなく“沈”――いわゆる“重”というのは、実になりすぎ滞りがおきてしまう現象である。“沈”は下に沈むものの、同時に“虚が自ら跳び上がる”ような状態であり、つまりは上下相い従う中で発生し、脚を下に沈めることで実と成し、手を上に掤することによって虚となす。これによって実の中に虚があることにより、“沈”は病とはみなされず、“重”を病とみなす(但し半軽半重を除く)。よって虚実を分ける際には“重”ではなく“沈”でなくてはならない。

 (3)“浮”ではなく“軽”――”軽”は方円の中で軽く敏捷ではあるが地に足がついている状態を動作の中に表している。“浮”は方円の中を出て、踵が浮き曖昧で地に足がついておらず虚が多すぎる。よって浮は一種の病といえる。よって虚実を分けるときは“浮”ではなく“軽”を求めるべきである。

 (4)3つの病の無い虚実――練習をする際には”双軽””双沈”と”半軽半重”という病のない3つの虚実を習得しなければならない。この3つのうち、”双軽①(心意が虚霊不昧および清明在躬の気の流れの下で虚領顶劲を行い、上部においては両腕を結び、下部においては両足を強調させることにより、虚実はほんの少し分かれるだけとなるのだが、自然で軽やかに転換ができるため双軽となる。よってこれは間違いではない。)”と”双沈”を達成するのは非常に繊細で難しく、もしこれができないと”双浮②(双浮は両手が虚であるが、両足の虚実をあまりにも大げさに分けすぎると、運動の過程において虚の足が浮いてしまうだけではなく、変換の際に実の足も引っ張られて不安定になり浮いてしまい、全身の所在があいまいになり地に足がつかない状態になってしまう。これは双浮という間違った状態である)”(手足が両方とも虚)と”双重”(手足が両方とも実)の状態に陥ってしまう可能性が高い為、これは十分に注意を払うべきである。特に”双軽”、”双沈”ができている手と”双浮”、”双重”となってしまっている手は,手足の移転に置いて数ミリの差しかない。このわずかな差によって発生する大きな違いに十分注意する必要がある。

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